「…このまま、君たちが婚儀を済ませたところで、右大臣は必ずまた手を出してくる。正室がだめなら側室という手も残っている。大和家は伝統ある血筋で、当主も優秀だが、右大臣に対抗できるような力はないだろう? 」
確かに左大臣の言うことは間違っていなかった。
他の皇子には正室も側室もいる。
しかし、アスランは側室を持つつもりはなかった。
幼い頃からそう思っていたし、今となってはカガリ以外の姫など考えられない。
ただ、皇子としての立場上、個人の意志などかまわず妾をあてがわされる恐れもある。
右大臣が強引に側室を勧めてきても、拒否できるほどの権力がアスランにも、後見となる大和家にも無い。その場合、アスランは側室を迎えなければいけなくなる。
「しかし、それは貴方寄りになったところで同じでしょう。強引に側室をとせがまれれば俺に最終的な権限はないのですから」
「そこなんだが・・・、もしカガリ姫が養女として正室となった場合はその後の君たちに関して一切干渉しない。それでないと君たちにメリットはないだろう? それと、皇子はまだご自分の宮をお持ちでない宮を建てる費用、土地、全てこちらで用意させていただく。……どうかな、そんなに悪い話じゃないだろう」
確かにアスランにとっては一石二鳥だ。
カガリとの婚儀がスムーズに行える上にその後の干渉も無い。
左大臣の姫を正室に迎えれば、右大臣の影響は防げる。
「それって…、わたしが養女になればアスランのためになるってことだよな?」
「そうです。カガリ姫にとってもいい話でしょう? それに大和の当主殿にもそれなりの待遇が与えられる」
「じゃあ…」
いいこと尽くめじゃないか、とカガリは喜色満面になる。
しかし、目を合わせたアスランはまだ渋っていた。
「……まあ、君たち二人で決断できることでもないだろう。しかし、わたしも返事はなるべく早くもらいたい。朝、また伺う。いい返事を期待しているよ」
アスランの躊躇を察して、左大臣は話し終わるとすぐに退出した。
「アスラン、どうしてだ? すごくいい話じゃないか、わたしは養女になってもいいぞ」
「俺もだよ。…そう、俺たちにとって願ってもない話なんだが」
「他に何か問題でもあるのか?」
「キラの承諾無しにこの話は受け入れられないだろう? 君が大和家から出ることになるんだ」
大和家は宮中で権力はないものの、由緒正しき家系だ。
左大臣家との関わりもあまり無い。
それに、目に入れても痛くないほど溺愛している妹のカガリを養女に出すなんて、当主であるキラが許すだろうか。
**********
「え、俺が、ですか? そんな大切な話…」
アスランは考え抜いたあげくシンを呼んだ。
「朝まであまり時間が無い。カガリを残して俺だけ行くこともできない…。それにステラのこともある、お前も無関係じゃない」
当事者の二人がキラに承諾を得るのが筋だが、牛車で向かったのでは朝までに間に合わない。アスランが馬を駆り大和邸まで赴いてもいいが、このままカガリを一人にするのは不安だった。
「アスラン、どうしてそんなに急ぐんだ?左大臣様も、朝までって仰ってたけど…」
「左大臣も、綱渡り、なんだよ」
行方不明の姫を捜すために、皇居から近衛兵も出ている。その姫が左大臣主催の宴にいたことはいずれ近衛兵の耳に入る。
「カガリが‘養女’になっていれば何の問題もないだろ。それこそ、誘拐を右大臣なんかに弾劾されたら立場が危うくなる」
すでに丑の刻だ。大和家までの往復を考えると時間に余裕はない。
「分かりました。キラ様に伝えてきます」
「キラが認めてくれたら、その時は戻って来なくていい。ステラの傍にいてあげてくれ」
ここ二日、カガリの捜索のためシンもアスランと同様、奔走していた。当然、大和家に顔を出す余裕もなく、ステラに会っていなかった。
「わかりました、ありがとうございます。…それにしても良かったです、カガリ姫が無事で」
「心配かけてごめんな、シン」
「本当に大変だったんですよ。アスラン様、食事も睡眠もろくにとらなくて… そのうち倒れるんじゃないかって…」
「シン……」
余計なことは言わなくていい、とアスランが目で訴える。
「ぅわ…、すみません。じゃ、じゃあ俺行きます」
シンは軽く頭を下げると慌てて出立した。
途端、アスランの腕に重みが加わる。キラへの説明をシンに託すとカガリは少し息をついた。
「疲れたか?」
「うん…。だって左大臣様がこんなこと考えてたなんて全然知らなかった・・・。ただ、宴で琴を披露すれば帰してくれるって、そう言われただけだぞ」
カガリは、何も知らされなかったことが不満らしい。
アスランとしては、囚われたことについて怒って欲しいと思うのだが…。
小言を言う代わりに頬と耳にかかる金糸の髪を指に絡ませた。
「アスラン、くすぐったい…」
身をよじるカガリに、今度は顔を近づける。菊花の薫に近い艶やかな香りがアスランの鼻をくすぐる。
深く身に沁みるようなこの香りは宮中の姫君が好んで焚くが、カガリにはもっと爽快なものが合う。
「アスラン、近すぎ・・・ あまりこの香り、好きじゃないんだ、だから・・・」
「薫香なんて関係ない。どうせ侍女が選んだんだろ?」
「そうなんだよっ、ここの侍女ってやたら派手にするんだよ、衣だって煌びやかなのばかり重ねて」
多くの姫君は着飾ることを好む。カガリのような姫の方が少ないかもしれない。
侍女から逃れようとするカガリが容易に想像できてアスランは苦笑した。
「あ、笑うことないだろう… 頑張ったんだぞ、わたし! 宴が終われば帰れるって…、アスランに会えるって思って…」
「…わかってるよ」
左大臣の言葉を信じてカガリは宴で琴を奏でた。その琴音は流麗に響き、人々を魅了した。苦手だったたしなみを自分のために励んでくれたと思うと、嬉しい。
しかし、公達が姫を見定めるための場に何の疑いもなく出てしまうカガリに多少の苛立ちを感じる。
もしアスランが参会しなかったら、どこぞの貴族に見初められていたかもしれない。
「でも、カガリを・・・、あの琴を…他の誰にも聞かせたくなかった」
自制できない独占欲を抑えきれずにそう言うと、ごまかすようにアスランはカガリの口唇をふさいだ。
予想していなかったのか、カガリの身体が腕の中で小さく震える。
何度もしているキスにいまだに慣れないカガリを安心させるように優しく、口唇を重ねる。
カガリの腰の帯にアスランの手がゆっくりと近づくが、そこで口唇が離れた。
身を引いたカガリは視線を下に落とす。
「カガリ?」
「……アスランは、よく・・・行くのか?」
下を向いたままカガリはつぶやく。よく聞き取れなかったアスランが顔を覗くと、カガリはためらいがちに言った。
「アスランは男の人だし、皇子だから・・・仕方がない、けど… ああいう場があるってことも知ってたし、わがままだって思う・・・」
宴の場での抱擁でも、先ほどの左大臣とのやりとりでもアスランがどれだけ自分を想ってくれているか分かったつもりだ。それに応える気持ちもカガリの中に十分にある。
それでも胸の中のくすぶりは消えない。
アスランの声が御簾の向こうから聞こえて、その存在を知った時、胸がちくりとした。琴に伸ばす手が震えた…
「ごめん。こんなこと、言いたくないのに・・・」
強く想うほど、自分だけを見て欲しいと願ってしまう。
アスランの後見になるような家柄でもない、とりわけ美姫でもない自分がそう願うのは身の程知らずだと、分かっているのに。
こんな子どもっぽい感情をぶつけられたら、アスランは煙たがるかもしれない。
カガリはすぐに後悔した。
しかし、短い沈黙の後、優しい声色が降る。
「カガリ・・・」
おずおずと顔を上げると、アスランは穏やかな表情をたたえ、なぜか笑みを浮かべていた。
「嬉しいよ」
「・・・・・・?」
予想外のアスランの反応にカガリはきょとんとする。嫌がられるかと思ったのに、逆だった。なぜかアスランは喜んでいる。
「俺の方が情けない。こうやって抱きしめていてもまだ不安なんだ。それに、君が他の男の視線に晒されて、面白くない・・・」
「アスラン・・・?」
「カガリ…」
カガリの頬に手が添えられ、ゆっくりと翡翠が近づく。
惹かれるように唇が重なり、徐々に熱いものへと変わっていった。
つづく
★
あぁ…
もうお昼かぁ。
今日、この続きをUPするのが困難になってきました。
素敵な夜なのにー
でも頑張るので待っていてください!
→無理をするのはやめました。後日UPします。
すみませぬ。
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