夜の街を進むアスランの背中をカガリは呆然と見ていた。
穏やかで優しい少年だと思っていた。カガリが家事で困っていれば助けてくれたし、子どもたちが摘んできた花を花瓶に挿してあげる場面をカガリは微笑んで見ていた。
それなのに、今のアスランは違う。
軍人のような衣服を身にまとい、はっきりとした口調で強引にカガリを酒楼から連れ出した。
そしてそれからずっと無言だった。
「ちょっとアスランっ!おまえ一体なんなんだよっ」
寝静まった街中で声を出すのをためらっていたカガリだったが、辺りに民家が無くなって草地にさしかかるとさっそくアスランに怒鳴り声を浴びせた。
なんの説明もなしに街のはずれまで連れ回されてカガリは少なからず怒っていた。
「もう限界だ、と言ったはずだ。君をあんな場所に居させたことが分かったら・・・」
「・・・アスラン、言ってる意味が分からないぞ。」
「君が子どもたちと穏やかに暮らしていればそれで良かった。だが、あんな無謀な行動は許されない。」
「何がだめなんだよっ 生きていくために稼いで、何が悪いんだよっ」
「体を売る・・ なんて」
アスランは手を額に当てまた息を吐いた。
(こんなことキラに知られたら、俺が殺される・・・)
アスランの態度にカガリの方も限界だった。自分だって望んでしたことじゃない。それでも生きていくために、養っていくためにはお金が必要だ。
「なんだよ、おまえ、わけわかんない・・ 変な服着て、突然現れるし、お金持ってるし・・ まさか、盗んだんじゃないだろな・!? 」
「盗んではいない。」
「分かったよ、それならいい。じゃあな。わたしは帰るから。」
「カガリ」
「アスランは、どんな気まぐれか知らないけど、貧乏ごっこしてみたかっただけなんだろ?!おまえその服だとどこかの貴族みたいだぞ。その方が似合うし・・」
「カガリ!」
「じゃあな、アスラン。元気でな~ わたしたちはなんとか暮らしていくから心配するな。」
他人のような淡泊な別れを告げてカガリはきびすを返した。
ザッザッと砂利の道を進むと、後ろから同じような音が聞こえた。
「カガリ・・ 忘れたのか?俺はカガリを一晩買ったんだぞ。」
笑いを含んだ声が聞こえて、カガリは振り向く。
腕を組んだアスランが立っていた。
「だから何だよ?!」
「カガリは朝まで俺のものだ。逃げるなよ。」
「なんでおまえのものなんだ。このインチキ野郎!!」
「あのなぁ・・・ 娼館の決まりも知らないのか?相手が誰だろうと、お客には従うんだぞ。」
正論を突きつけられてカガリは動きを止めた。
「相手が誰だろうと、だ・・・。」
逃げなくなったカガリにアスランが近づく。カガリは身構えたが、アスランの手がカガリの顎を引いた。それは予想外の行動で、カガリは近づくアスランの顔に戸惑った。
「本当に・・ どういうことをして稼ぐのか分かっていたのか・・?」
鋭い翡翠に問われた答えはイエスだ。カガリも子供ではない。男がどんな目的で女を買うのかは知っていた。
まさか自分がそんなことをするとは思わなかったが、子どもたちのためなら何でもできそうな気がした。
「あたりまえだ・・それくらい知っている。」
「では、カガリの初めての相手は俺だ・・」
えっ、とカガリが声を上げる前にアスランの唇がカガリの唇を塞いだ。
いつの間にか後頭部を強く押さえられて逃れられなかった。両手で抗議の力をアスランの胸いっぱいに押すがびくともしない。
息ができない苦しさから逃れたくて、口を少し開けると途端に異物が咥内に入ってきた。
熱くて柔らかな舌がカガリの中を優しく這う。
カガリは体の力が抜けていくような錯覚を覚えた。
息ができなくて苦しいのもあるが、それよりも熱い舌の動きに体がとけていきそうだった。
小さく震えだしたカガリに気づくとアスランはゆっくりと唇を離した。
「次は・・」
とっさにカガリは自分の胸元を腕で隠した。アスランの視線がそこに降りて怖くなったのだ。
カガリの瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。未知なものへの恐怖と、自分を見据えるアスランの瞳が知らない人のように見えた。
ぎゅっと腕に力を込めたカガリを見るとアスランはそっとカガリを離した。
「こういうことをするんだ、あそこでは・・」
「え・・・」
急にアスランの顔がいつもの穏やかな、カガリの知ってるアスランに戻って、カガリは瞬きを繰り返した。
「その調子じゃカガリには無理だろう。・・・黙って一緒に来て欲しい。」
「行くって、どこへ・・」
「プラントだ。俺はプラントから来たんだ、君を守るために。」
「守るって・・・」
「君には血の繋がった兄がいる・・ キラ、と言うんだが・・。俺はキラに言われ、君に会いに来た。カガリが幸せそうに暮らしているならそれでいい、しかし、そうじゃなかったら自分の元に連れてくるように言われている。」
「わたしに・・兄が・・?」
カガリはアスランの話を聞いてへなへなと地面へと座り込んだ。
嘘だ、と言ってしまいたかったが、アスランの瞳は真剣でどこにも疑う余地が無かった。
「だから一緒にプラントに来て欲しい。」
「・・・・・。」
生涯、孤独だと思っていた。ずっと今の家で暮らしていくのだと思っていた。
でも、兄がいるという話が本当なら、会ってみたい。
カガリはそう思った。
「でも・・ わたしは行けない。」
「子供たちなら平気だ。世話をする者を雇った。・・・それに一日50ルゥをあの家に送る。」
「50ルゥも?!」
破綻の金額にカガリは目を大きく開く。
顔を上げたカガリに、アスランは楽しそう告げた。
「カガリは1晩50ルゥするんだろ?!だから、‘客’の言うことには従ってもらう。」
「・・・・・。」
立ち上がったカガリは服についた砂を手で払う。
それから街を背にして歩き始めた。
アスランの言ってること全てを信じることはできないけれど、‘兄’が本当にいるならば会ってみたいと思った。
黙って歩き出したカガリにアスランは静かに着いて行った。
カガリが自分の言葉を信じたのか分からないが、とりあえずプラントに行く気になってくれたようでほっとした。
一月の間、カガリを見守っていて『幸せに暮らしている』とアスランは思った。
それが急に一変したのだ。
育ての父が突然姿を消し、年長のカガリが働くと言い出した。
そしてカガリが向かったのは、酒楼だった。
(まったく・・ 言い出したら聞かないのはキラと一緒だな・・)
少し前を行く金髪を眺めながら、アスランは唇を拭った。
アスランの脳裏に、カガリの唇の感触が蘇る。
少しカガリに分からせてあげれば良かったのだ。娼婦に対する男の行動を・・。
カガリはだいぶ怯えていたようだが、平静を装っていたアスランも初めての感触に戸惑っていた。
ぷるんとした唇を味わって何も考えられなくなった。
唇を離した後のカガリの怯えた表情にとっさに謝りそうになった。
(キラには絶対言えないな・・・)
アスランは赤くなった顔を押さえながらカガリの後を追いかけて行った。
END?
★
ここまで読んでくださってありがとうございます。
タイトル通りです。
「誰の心に淡い恋が芽生えたのか・・・」がテーマです。
今回はアスランでした。
カガたんは自覚するまでにはもう少しかかるかもしれませんね。
キラの所へ辿り着くころまでには二人は心を通わせてるハズです!!
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キーワード:恋の芽生え
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