「離せってば、アスランっ!」
「カガリ!」
カガリは掴まれた腕を振り払い、大声を上げた。
通りを歩く人々はちらちらと二人を見る。若い男女の痴話喧嘩だと分かるとすぐにまた歩き出した。
「しょうがないだろっ、あの子たちを支えるにはお金が必要なんだっ!」
「だからといって君が・・・」
アスランが止めるのも聞かずに、カガリは酒楼のドアを叩く。
目つきの悪い女主人が顔を出すと、カガリはドアの中に飛び込んで行った。
通りに取り残されたアスランは深く息を吐く。
(まったく・・ 無鉄砲すぎだ。)
そして酒楼のドアに掲げてある看板を頭に焼き付けると、来た方とは違う方向へ足早に去っていった。
『いいかい。一人客を取るごとに50ルゥだ、そのうちの半分はあんたの金で、半分はここの取り分だよ、わかったね。』
女主人の言ったことをカガリはベットに腰掛けて思い出していた。
カガリは家に置いてきた子どもたちの顔を思い浮かべた。今ごろお腹をすかせて泣いているかもしれない、寒くて震えているかもしれない。
その子たちのためにお金が必要だ・・・
カガリは自分の手が震えているのに気づいた。
男を相手にして商売をすることに多少の不安はある。
それでもこれが一番手っ取り早く、取り柄のないカガリが金を稼ぐ唯一の方法だった。
小さな灯りの中でなんともいえない時間が流れる。
カガリは薄い生地の夜着に着替えるといつ来るかも分からない相手を待った。
しばらくすると、ギィ、と立て付けの悪いドアが嫌な音を立てて開いた。
廊下の灯りが眩しくてカガリは目を細める。
すらりとした男が部屋に入って来た。
男が黙ってドアを閉めると再び部屋は暗くなる。
ゆっくりと近づく男にカガリの鼓動が早くなる。
これくらいでひるんでいてはとても‘商売’などできやしない。カガリはきつく唇を噛むと、慣れない言葉を口にした。
「は、はじめまして、ユラといいます・・・」
体が強ばっているのが自分でも分かる。
それでも、自分の初めての相手がどんな男なのか確かめたくて、ゆっくりと顔を上げた。
入り込む風によってゆらゆらと動く灯りに男の顔が照らされていた。
男は意外に若く、思ったよりずっと端正な顔立ちだった。
腰に剣を携えている。かっちりとした服はまるでどこかの国の軍人のようだった。
薄暗い中で男の顔を見て、姿格好を見て、もう一度顔に視線を移すとカガリの表情がみるみる変わった。
「お、おまえ・・ アスラン?!」
暗闇でも翡翠の光を浮かべて光る瞳は紛れもなくアスランのものだった。
「どうしておまえ・・ その格好どうしたんだ・・」
一月程前、まだカガリが‘おとうさま’と呼べる人物がいた頃、連れて来られたのがアスランだった。
身寄りがない子どもたちを集めて一緒に暮らしていたカガリの家に新しい仲間が加わった。
あまり言葉を発しないアスランはなぜかカガリの後を付いてきた。
朝から晩まで、市場に行くときも、なかなか帰って来ない子を探しに行く時も・・・。
付きまとう、といった表現の方が合っているかもしれない。
そんなアスランの不思議な言動を、最初は怪訝に思った。
しかし、アスランの不憫な過去を聞いて、寂しいだけなんだ、と納得して気にしなくなった。
今日もさっきまで自分に付きまとっていたアスラン・・
それなのになんでこんな所に・・
カガリは目を丸くしたままあんぐりと口を開けていた。
ぐいっと力任せに引っ張られてやっと我に返った。
「行くぞ。」
「ちょっと、アスラン、待てっ」
「どうしてだ?!」
「どうしてって・・・ 何度も言っただろ!お父さまがいなくなったんだぞ!わたしがあの子たちを育てなきゃならないんだぞ。だから!」
「だから、ここで体を売るのか?!」
一瞬、カガリはたじろいだ。普段のアスランとは違う低い声に驚いた。
「そ、そうだ・・」
「・・・・・。」
薄い夜着はカガリの体のラインをくっきりと浮かび上がらせる。
大きく開いた胸に広がる肌は白くなめらかで、娼婦にしては健康的すぎる。
―もっとも、娼婦なんてさせられないが…
「離せってばっ!」
昼間と同じようにカガリはアスランの腕を振り払おうとした。ブンと腕を振ったが、今度はがっちりと掴まれている。
「君の様子を見守るのが俺の役目だったが、もう限界だ。連れて行く。」
アスランは部屋の片隅にあったカガリの小さな荷物を持って、その中からカガリの服を取り出すと夜着の上から羽織らせた。
「いやだっ わたしはここで稼ぐんだっ!」
カガリはなおも暴れて腕を振り払おうとする。
アスランにとってカガリの力など大したことはなかったが、あまり暴れて人が来るとまずい。
アスランは手でカガリの口を塞いだ。
「ふごっ・・」
「いくらなんだ・・」
「ふがっ・・」
「一晩君を買うのはいくらなんだ?」
「ごでゅう・・うぅ・・」
「50ルゥか・・・」
アスランは大きく息をついて、カガリから手を離す。
そしておもむろに金貨を5枚懐から取り出した。
「これで文句はないな・・」
「ちょっ・・なんでアスランがこんな大金持ってるんだよ?!」
「いいから、行くぞ。」
再び腕を引っ張られてカガリはあやうく金貨を落とすところだった。
そしてアスランに連れられ、酒楼を出た。ドアの前で女主人に約束だった代金の半分を渡して・・・
つづく
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