アーモリー山を越えると、プラントの平野が一面に広がっている。
山越えにかかるのは5日。
アスランはそのための食料や雑貨を手に入れるために店に入った。
カガリは店の横の階段に腰を下ろしてアスランを待つ。
街道は人で賑わっていた。年に一度の鎮魂祭のために各地から人々が集まってくる。
プラントとの国境沿いにある地、ハウメアはオーブの神を祭る神聖な土地だった。
カガリの家にもハウメア神をかたどった偶像が奉られていた。
育ての親、ウズミに教えられカガリもハウメア神を崇拝していた。
(お父さま、無事でいるのかな・・・)
突然姿を消したウズミはどこへ行ったのか。自分の兄の存在も気になるが、ウズミの行方もカガリは心配していた。
人混みの中からガタンと大きな音が響く。続いて馬の声が辺りにこだました。
2頭の馬が立ち往生している。繋がれた荷台の車輪が道のくぼみに入り込んで動かないらしい。通りがかった人が集まって荷台を持ち上げようとしていた。
カガリは走り出して、それに加わった。
「せーのっ」
掛け声と共に皆が荷台に掛けた手にいっせいに力を込める。ゆっくりと持ち上がってなんとか荷台は平行になった。
荷台の持ち主であろう体格のいい髭面の男と少年が力を貸してくれた人々にお礼を言う。
オーブの人々は相互扶助の精神に溢れている。
鎮魂祭のために集まった他国の旅行者はその光景を微笑ましく眺めていた。
額に汗を浮かせたカガリは辺りに散らばった車輪の部品を拾い集めた。
「 カガリ・・?」
「なんでわたしの名を知ってるんだ・・って、アフメドじゃないかー!!」
カガリは大きく手を広げると少年に抱きついた。
食料と水の入った袋を抱え店を出たアスランは、少しでも目を離した自分を悔やんだ。
鎮魂祭のため通りは人で溢れている。カガリとはぐれるようなことがあってはならない。
キョロキョロと通りを見渡すと、ほどなく金色の髪を見つけた。
人を掻き分けて近づくと、カガリが誰かに抱きついていた。
「カガリッ!」
アスランが叫ぶとカガリは少年から体を離してこっちこっちと手を振った。
「離れるな、と言っただろ!」
「ごめん。荷車が崩れてたから皆で直したんだ。」
人助けのために動いたカガリを諫めることもできず、アスランはそれ以上は何も言えなくなった。
代わりにカガリの前にいる少年に視線を移した。
「アフメドは、昔近くに住んでて、よく一緒に遊んだんだ。」
なぁ?とカガリがアフメドに投げかけると、アフメドも嬉しそうに頷いた。
先ほどのカガリの抱擁と、今二人が微笑んでいる様子がアスランはどうも面白くない。
そんなアスランをよそにカガリは荷台に載っていた積み荷に関心を寄せた。
「これ、何を運んでいるんだ?けっこう重かったぞ。」
「俺、今はサイーブと一緒に鉱山で働いているんだ。これはその中でも上等品なんだ・・」
荷台の中央にロープで固定されているもの。カガリの両手でも持てるくらいの大きさのそれは大事そうに扱われている。
アフメドが自慢げに布で包まれたものを見せてくれた。
ぴらっと布をめくると中から鮮やかな紅い石が輝きを発した。
「うわぁっ・・きれいだなぁ・」
「宝石・・か・?!」
「これは、ハウメア神殿に献上する品。今日から一年、この石が御神体になるんだ。」
「わぁ、すごい石なんだな・・」
カガリが紅い石の輝きをじっと見つめていると、急に悲鳴が聞こえた。
ナイフや短剣を手にした男が数人現れて、荷台を囲むように詰め寄った。
「アフメド、賊だ!御神体を守れ!」
馬の様子を見ていたサイーブが大声を上げた。部下のような二人の男も短剣を手にして身構える。
「カガリっ、俺の後ろに・・・!」
アスランの後ろに隠れたカガリはきゅっとアスランの服を掴む。
オーブは治安が良く、滅多に騒動には出くわさない。カガリも町中で起こる些細な喧嘩くらいしか経験したことがなかった。
「アスラン・・・」
「その石が目当てらしいな・・。大丈夫だ、君は俺が護る。」
腰に宛てた鞘から剣を抜き取る。
カガリはアスランの剣を初めて見たが一目で質のいい代物だと分かった。
アスランが剣を構えると、その威圧感でアスランとカガリと狙っていた男二人が一瞬たじろぐ。しかし、罵声と共に打ち込んできた。
キンっと音を立てて短剣が地面に落ちる。
剣を失って呆然とする男にアスランは背中から一撃をくらわせた。
そして、次に襲ってきた男の振り出す剣を軽く受け止めて、懐に入り拳を振り上げた。
あっという間に二人の男が地面に倒れた。
「アスラン・・おまえすごいんだな!」
緊張感がまるでないカガリの言葉にアスランは呆れたが、アフメドを襲おうとしていた男に背後から近づいて剣を突きつけた。
喉もとに剣先をつきつけられて男の動きはぴたりと止まった。
「おまえが頭か?!こんな日に騒ぎを起こすなんてオーブの者ではないな・・」
男はアフメドの胸ぐらを掴んでいた手を離すと、逃げ出した。
残りの賊もそそくさと姿を消した。
「アフメド!大丈夫か?!」
地面に腰を落としたアフメドにカガリが駆け寄る。どうやらどこも怪我はしていないようだ。カガリはほっとすると、剣を鞘にしまおうとしていたアスランを見上げた。
「アスラン、ありがとう。アフメドを守ってくれて・・」
「あぁ、怪我がなくて良かった。賊にしては軽率すぎる。こんな大勢の前で襲うなんて・・・」
アスランは地面に落ちた短剣を拾い上げて、刃先を眺めた。まったく手入れがされていないらしく刃はぼろぼろだった。
(ただの賊か・・・)
サイーブと部下の2人もアフメドの元に駆け寄る。
「アフメド!大丈夫だったか!」
「平気だよ、この人が助けてくれた。」
「そうか。兄ちゃん、すまなかったな。アフメドと、御神体を守ってくれてありがとう。礼を言わせてくれ。それにしても随分と時間をくっちまった。急がないと間に合わねぇ。」
部下に御神体を固定するロープを確認させると、サイーブはもう一度車輪の点検をした。
アフメドは馬に乗せてあった荷物から何かを取り出すと、カガリの元へ走り寄った。
「助けてくれてありがとう。でも・・・もう行かなきゃならない。せっかく会えたのにな・・ これ、カガリに・・・」
「わたしに・・・?」
「御神体が見つかったた近くで採れたものなんだ。カガリは旅に出るんだろ?ハウメア神がきっと守ってくれる。」
そう言ってアフメドはカガリの手に紅い石を置いた。
「綺麗だな・・ ありがとうアフメド。おまえも気をつけて・・」
カガリは再びアフメドを抱きしめた。
その様子をじっと見ていたアスランにサイーブが話し掛ける。
「兄ちゃん、おかげで助かったよ。お礼といっちゃなんだが・・」
サイーブはアスランに小さな革袋を手渡す。
「まぁそれなりの品だ。それで彼女に指輪でも作ってやんな。」
アフメドにもらった紅い石を紐で固定してしてカガリはさっそく首に通した。
きらりと輝く石を眺めているカガリにアスランが無言で短剣を差し出した。
「これ・・なんだ・・?」
「護身用の剣だ。アーモリー山では何が起こるか分からない。オーブ領内とはいえ、街中よりは警戒しないと・・。」
「・・うん。アスランに守られてばっかりなのも悪いしな。自分の身は自分で守るよ。」
「でも、無茶はしないでくれ。」
「それにしても・・・アスランが騎士だっていうのは本当なんだな。」
無駄のない動きで賊を倒したアスランを見て、それまで半信半疑だったカガリはやっと信じることができた。
「・・信じてなかったんだな。」
「う・・、いや、そういうわけでは・・」
しどろもどろになった上に目が泳ぐ。他人の感情の変化にあまり敏感でないアスランでもカガリの心は読みやすい。
「まぁいい。だいぶ時間を割いたから少し急ぐぞ。」
くるりと向きを変えてアスランが歩きだした。カガリは慌てて後を追おうとしたが、地面の凹凸に足を取られた。
するとすぐにアスランが戻ってきて手を差し伸べた。
「この先はずっと道が悪いから気をつけろ。ほら・・・」
「うん・・・」
おずおずとカガリはアスランの手をとる。遠慮して軽く掴んだが、アスランはカガリの小さな手をぐっと強く握ってきた。
カガリが転ばないようにアスランが手を引っ張って進む。
“ 君は俺が護る ”
アスランの言葉と優しさが、カガリの胸に音を鳴らす。
しかし、転ばないように足元に意識を向けていたカガリは、微かに生まれた感情にまだ気がつかなかった―・・・
★
前回、アスランが少し不憫だったので
騎士アスランのかっこ良さをアピール!
カガリには少し効いているようです♪
そして話の布石をいくつか・・・
今、先走って「裏」書いてます。
あと5話くらいでラブイチャするんじゃないかと・・・
楽しみですね!
楽しかった!という方はぽちっとお願いします。
キーワード: 君は俺が・・・
「護る」と「守る」。
いつもどっちを使っていいか悩みます・・・
公式はどちらなのでしょう?!
web拍手PR