3限の講義が終わった途端、ふわぁっとあくびをしたカガリにミリアリアが肩を叩いた。
「ねえ、カガリ、バイトしない?」
「バイト? もう『プレシャス』でしてるぞ。」
「ううん。講義終わってから1時間だけでいいのよ。それも3日間だけ。」
時給3000円だって―
そう言われてカガリはミリアリアの話に興味を持った。
来月には従兄弟の誕生日が控えている。兄のように慕っている人物に初めて自分で稼いで祝ってあげるのだ。
高価なものをプレゼントする気はないが、予算が多ければ選択肢が広がる・・・
「ディアッカの研究室で、‘人体実験’募集しているんだって。健康な女子2人!」
「人体・・実験・・?」
怪しい言葉に、カガリの顔が曇る。
「そんな顔しないでよ。言い方が悪かったわね、‘モニター’みたいな感じみたいよ。ただ、軽い薬を飲んで1時間後に検査するだけだって。」
「それ、安全なのか・・?」
「平気に決まってるじゃない。男子の募集だったら絶対に自分がやる!ってディアッカが言ってるくらいなんだから。ね、おいしいバイトでしょ?!」
「・・・・・。」
少し怪しいなぁ、とカガリは首を傾げた。
「ねぇ、いいでしょ。こんな楽なバイト滅多にないわよ!」
講義が終わって1時間で済むなら本業のバイトに差し支えはないし、カガリは健康には自信がある。
「・・・わかった。わたしもやる!」
講義終了後、ミリアリアに連れられてカガリは初めて理学部棟に足を踏み入れた。
文系の学部棟とは明らかに違う雰囲気に少し体が強ばって、何かの薬品の臭いも鼻についた。
「なぁミリアリア。理学部って何を勉強してるんだ?」
「うーん、わたしも詳しくないけど・・ ディアッカは、ホルモン・・?の専攻らしいわよ。世の中から抜け毛を無くす、って言ってたわね。・・・まぁ、それは冗談だと思うけど。
」
ミリアリアと冗談めいた会話をして上階の研究室にたどり着く頃には、理学部棟の独特の空気は気にならなくなっていた。
「失礼します・・。」
ミリアリアはKluezeと書かれた部屋のドアをゆっくりと開ける。
こじんまりとした部屋に、ミリアリアの彼氏のディアッカと、研究室の責任者であろうクルーゼ教授の姿があった。
「お、ミリアリア。早かったじゃん。」
学生らしい私服の上に白衣を纏ったディアッカは試験管片手に陽気な声を出す。
「あ、その子、えっと・・カガリ・ユラ・・?」
カガリはきょとんとする。なぜ初対面のディアッカが自分の名を知っているのか・・
しかしミリアリアはそんなことは気にならない様子で、教授に自分とカガリを紹介した。
「国際関係学部のカガリ・ユラと、ミリアリア・ハウです。モニターのバイトよろしくお願いします。」
30代半ばの教授は落ち着いた表情で、よろしく、と口を開いた。
「じゃぁ、こっちこっち。」
するとディアッカが入り口にいた二人を連れて部屋を出た。
すぐ隣のドアの前で止まると、少し改まった。
「モニターって軽いかんじだけど、一応大事な研究のためだからしっかりやらせてもらうぜ。それぞれ担当の前で薬を飲んで、部屋から出ないで1時間過ごしてくれな。」
「へー、あんたって少しはちゃんとやってるんだ。」
普段、軽い調子の彼氏が、学生らしい面を見せる。ミリアリアは目を丸くした。
「当たり前だろ・・ じゃあ、ミリィはこっちの部屋。えと・・カガリちゃんはそっちね。あ、もう担当のヤツ、先に入ってるからそいつに従って。」
「あ、うん・・。」
ミリアリアと部屋を別々にされてカガリは少し戸惑った。自分が思っていたよりもしっかりした‘実験’らしい。
カガリは少し緊張して、指示されたドアを開けた。
「失礼しまーす・・・」
白衣の青年が一人、奥の椅子に座って何かを記していた。
濃紺の髪と、印象深い翠の瞳――
カガリは無意識にその名を口にしたが、途中で息を飲んだ。
「アス・・・」
昨夜の、未だに夢か現実か区別できない記憶が頭に浮かぶ。
途端に、かぁっと顔が熱くなってカガリは頬を両手で押さえた。
カガリの入室に青年は顔を上げ、彼もまた驚いた表情を見せる。
「カガリ・・?どうして君がここに・・」
「え・・、あの、研究のモニターのバイトで。ミリアリアに誘われて・・」
「あぁ。・・・まさかカガリが来るなんて思わなかったよ。大学で会ったのは初めてじゃないか。」
アスランの態度はいつもと変わらない。
カガリは安堵の息を吐いた。
(やっぱり・・ あれは夢だったんだ・・)
安心したのも束の間、すぐに恥ずかしくなって再び顔を押さえた。
なんという夢を見たんだろう・・
バイト先であんなこと・・・
「カガリ、大丈夫か?」
「うわぁぁぁっ!」
すぐそばにアスランの顔があってカガリは素っ頓狂な声を上げた。
心臓が激しく音を立ててうるさい。
「少し顔が赤いけど・・ 平気か?」
「だ、だいじょうぶ。ちゃんと、健康だっ!」
慌ててアピールするカガリにアスランはぷっと笑った。
「大丈夫だよ、そんなに緊張しなくても。」
「だって・・ 健康じゃなきゃいけないんだろ、このバイト。」
「カガリが健康だってことは知ってる、昨日だって元気にバイトしてただろ。・・・終わった後すこし眠ってたけど、な、カガリ・・・」
「!!・・・・」
カガリは体を震わせた。
一瞬、アスランの声色が変わったように聞こえた。
カガリの中で消えたはずの疑問が、ふたたび蘇る。
「アスラン・・あの、さ・・」
震える手を口に当てて小声を出したカガリ。
しかし、アスランはその様子に気づかない素振りで、机の上のシャーレに入ったままの薬をカガリの胸の前に差し出す。
「これ飲んで・・ 1時間経ったら、検査するから。」
中には淡い黄色の錠剤が一つ入っている。
「あ、うん・・・」
カガリは小さな粒をつまんで、アスランから水の入ったコップを受け取った。
深緑の双眸がじっとカガリを見つめる。
一瞬、ためらいを見せたカガリに、早く・・と訴えているようだ。
カガリは妖しく光る翡翠の瞳に誘われるまま、小さな粒を口に入れて、こくんと飲み込んだ。
★
甘い話には、裏がある・・・
カガリ、飲んじゃだめだよぅ。
なんかされちゃうよ・・・
でもまあ、飲んじゃったからなんかされるんだろうなー
(遠い目)
ではでは。
またキーワードはこれで!
ざらっぷ
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