レンガ造りの古びた建物に階段を上がる足音が響く。
女はつきあたりのドアノブに手を掛けた・・・
何かが動いた気がして、窓から階下を見ると人影をとらえた。
(つけられたか…)
街からここに来るのに細心の注意を払ったつもりだった。
後ろの気配を気にしながら、遠回りをして複雑なルートを使ったつもりだった。
自分だけならいいがここには大切な人たちがいる。
彼らの望みが自分と同じだったとしても危険な目に合わせるわけにはいかない。
「カガリ様、ご無事で…」
「カガリ…?」
薄暗い部屋に3人の気配を感じてカガリはほっとする。
しかし、すぐに険しい表情で壁に寄りかかっている少年に告げた。
「シン、ルナとステラを連れて裏口から逃げろ…」
「アンタは?」
「狙いはわたしだろう。わたしなら平気だ、3日後に次の場所で…」
「…分かった。」
「カガリ様、気をつけて。」
だだをこねるまだ幼いステラの腕を引っ張ってシンは出て行く。
ルナマリアが静かにドアを閉めた。
父が娘の自分と同じように愛を注いで育てた孤児たち。
父の死後、常に何者かに狙われるカガリを匿い、運命を共にすると誓ってくれた・・・
その3人の足音が遠くなり聞こえなくなると、カガリは半開きのドアに向かって声を掛けた。
「わたしに何か用か?」
カガリは長椅子に座り、気配のする方に顔だけ向けた。
部屋に入ってきたのは先日、自分に溺れて我を失った男だった。
「おまえか… 追うな、と言ったはずだが、覚えてないか?」
‘アスハの宝玉’の力は相手によって若干バラつきがある。
カガリとの情事後に懇々と眠りについて二度と目覚めないものもいれば、一度味わった魅惑を求めて再びカガリの前に姿を現す者もいる。
敏腕と噂されていた男はどうやら後者だったらしい。
「もう一度わたしを抱くか…?アスラン・ザラ。」
「君がやったのか…」
ゆっくりと近づいてくる男の瞳が揺れる…
綺麗な色だ…
この瞳の方が宝玉と呼ばれるのにふさわしいかもな…
抱かれている最中にもそんなことを思ったな、とカガリは笑う。
「そうか…『クルーゼ』のことで私を恨んでいるのか」
アスラン・ザラの組織『クルーゼ』は数日前に突然崩壊した。
総帥のクルーゼと数人の幹部らが失脚して組織として成り立たなくなったのだ。
それがアスランがアスハの娘を逃してしまった翌日のことだった。
表向きは製薬会社で、それなりに資金はあったのだ。
裏社会でも大規模な組織に属していたはず。
「やはり君が… 」
「案外、もろいんだな。簡単だったぞ…。」
ふふ、と笑いながらカガリはアスランの顎にそっと触れる。
わずかに指先が触れただけでもアスランの体はビクンと過剰な反応を見せる。
「私を二度味わうと、間違いなく廃人になるぞ… それでもいいのか?」
顎から首筋をなでられてアスランの細胞はざわめき立つ。
女の忠告はアスランの耳に届くことはなく、誘われるままに女を押し倒していた。
暗い中でも凛と輝く瞳に吸い込まれるように口唇を落とす。
女の吐息の温かさも、柔らかい口唇の感触もアスランを夢心地に導く。
頭に靄がかかってきたと思った時には既に遅く、ただ女の体を求めて貪るだけだった。
「・・・はぁ・っ・」
「・ぁんっ・はぁっ・・」
求めてくる男の熱をカガリは拒むことなく受けとめる。
澱んだ翡翠の瞳を見つめながら、そろそろか…、とカガリは悟る。
そのうちに男の荒い動きは止まり、苦しみ出すはずだ。
今までカガリと二度目の交わりを果たした男は皆そうだった。
(だから… 追うな、と言ったのに…)
恍惚とした表情を浮かべる顔に手を添える。
触れた手にぴくっと反応して、自らの頬をカガリの手に押し付けてくる。
(綺麗な顔だな… )
艶のある色気がもうすぐ消えてしまうことにカガリはなぜか惜しく思った。
『何か分かったか?』
荒くドアを開けて入ってきた男に見向きもしないで白衣の青年は小さな試験菅にゆっくりと液体を注いでいる。
どうも重要な過程だったらしく、はあと安堵のため息を吐くとやっと男に向き直った。
『こっちに資金回ってこないの分かって言ってる?』
親組織が倒れ研究所に回される金は途絶えた。
だから、そんなに急かすな、と相手は言いたいのだろう。
アスランはコートのポケットに入っているものを無造作に放り投げた。
『これでいいか?』
ばさっと机の上に封筒が置かれる。
その数は3つ。
それを確認すると、再び白衣の青年はため息をついた。
『…なんだ、これだけ?ちょっと足りないなぁ。』
あとどれだけだ、と低い声を返すと、相手はにっこりと不気味な笑顔を浮かべた。
『君の中にあった未知のコレ、どこでもらってきたのか興味あるんだよね。』
そうして、傍らにあった注射器を手にとる。
男のシャツをまくって、腕におもむろに射す。
『う… 』
『効いても2時間かな…
君が意識がなくなったなんて信じられないけど…』
『…うるさい。』
用意した抗体を注射し終わるとアスランはすぐさま出て行こうとする。
『待った!これも一応持って行きなよ。』
掴まれた手のひらに小さな錠剤が置かれる。
『で、どこで?』
再びにっこりと微笑む相手にアスランは背を向けた。
『‘アスハの宝玉’だ…』
真っ白だった意識がだんだんと色付き、視界に白と黄色が広がった。
(…やっと効いてきたか)
体に入れた抗体がその効果をみせ始めた。
触れる肌から快感を与えられ、見つめられる視線に魅力される。
そのどちらもはっきりと自身が感じているものでアスランは乱れた息を吐きながら苦笑する。
カガリは今だ止まらない男の律動に疑問を抱き始めていた。
覆い被さるように抱かれ、相手の表情は確認できない。
「…んあっ!…ふぅっ!」
緩んだと思った動きが再び開始されてカガリは戸惑った。
押し寄せるのは紛れもない快感で、襲う波に飲み込まれる。
「あんぁんっ!あぁんっ!!」
過去に何度も経験したはずの高みとはまた別の悦びを受けて、カガリは一瞬意識を手放した。
沈む体を男の手と腕が支える。
カガリがゆっくりと瞳を開けると、廃人になっているはずの男はじっと自分を見つめている。
「お…まえ… なぜ…」
「カガリ、もうこんなことはやめるんだ… 復讐なんか…」
「!!」
‘復讐’という言葉でカガリはハッとする。
自分を包むように支える男の腕を跳ねのけて長椅子から離れた。
「君の父は殺されたわけじゃない… 」
床に散らばった服を拾おうとしたカガリの手が一瞬止まる。
「だからもうこんなことはよすんだ。」
「ち、違う…。お父様は殺されたんだ… だからわたしは… 」
震える声を押し殺してカガリは部屋を出ようとした。
しかし強く手首を掴まれて進めない。
アスランは意識はあるものの体の自由が効かなかった。
それでもカガリの腕を掴み取った。
どうしてもカガリを行かせたくない。
ただそれだけで…
「行くな、カガリ・・・」
誰かにこうやって引き留められるのは初めてだった。
巨大な組織に追われ、逃げるだけの毎日。
自分が進む道の先に何があるのかも分かっている。
いつかどこかで命を落とすだろう。
温かい手を取って幸せに生きたい、と願ったことも何度もあった。
でも、自分に流れるアスハの血がそれを許さない。
父の仇をとる-…
そのために生きているのだから…
「アスラン… ‘離せ’」
振り向いたカガリが発した言葉で、するりと手が離れる。
(わたしは… こうやって生きていくしかないんだ…)
カガリは頬につたった涙を拭うと静かに部屋を出て行った。
つづく。。。
★
ダークな気分なのでこれを(笑)
またカガリ逃げちゃった…
今回少しアス→カガ?
次回たぶんアス→←カガ
キーワード: アスハの娘
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